2008年6月1日日曜日

30年ぶりのBoston


1970年代半ばにボストンで学び、30年以上のときが流れた。当時5年間の苦学を経て日本人の保険業界人として、初めて米国のアクチュアリー会の正会員資格を取得した。資格は、Fellow of Society of Actuaries(FSA)とよばれるもので、アメリ人でも7、8年はかかるものである。Society of Actuariesについては、次のリンクを参考されたい。
http://www.soa.org/
今年のゴールデンウィークにアクチュアリー関係の国際学会出席のために久しぶりに渡米した。チャールズ川は、相変わらず青く美しい。ハーバードスクエアも以前よりにぎやかだ。ジョンハンコックタワーのミラーグラスがあたかも新築のビルのように輝いている。コプレイプラザあたりが、随分と再開発されたが、クリスチャンサイエンスセンターの水槽プールとボストンシンフォニーに近い、自分の住んでいた赤レンガのアパートは今も残っていた。5月のこの季節は梅雨のないボストンに一気に初夏の季節を感じさせアイビーと赤レンガが調和する。20歳になった娘を、初めてのアメリカ旅行の経験に連れて行って、これがお父さんの勉強した場所だよと教えた。当時私は、アメリカの財団の奨学金で週40ドルくらいの小切手を送ってもらって生活していた。国際電話など、とても高くて月に一回も日本に電話できなかった。日本人は、まだまだ貧しかった。インターネットはおろか、ワープロもまだなく、秘書の業務はタイピストという感覚だった。アメリカ人は、寿司・さしみなど全く食べなかった。日本人の食べているものを見て、なんと野蛮な人種かといわれたものだ。今は、全く違う。ニューヨークでも寿司はヘルシーな高級料理だ。当時、アメリカは圧倒的に豊かな国に感じた。1980年代のバブルで一見日本は経済大国になったかに思えたが、それは泡と消えた。学会では、アメリカの財政収支、メディケア、ユニバーサル健康保険などを基調講演した学者がいた。国防費より医療費のコストが重い。日本もアメリカも財政的には似たような課題を抱えている。大きく違うのは金融・会計系のグローバルスタンダード作りのリーダーシップ力において日本は、大きく取り残されていることだろう。国家百年の計は教育にあるとは実感である。世界をリードするスタンダードを創造できる頭脳を生み出す教育とその実験場となるインフラや市場をグローバルにリンクされた中で活躍できる人材を輩出することが急務である。学会の発表者の資料は、以下のリンクにある。
http://www.actuaries.org/Boston2008/Program_EN.cfm

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

http://www.science-for-all.jp/explain/explain04.html